ぺぺ・ロメロ日本公式サイト

クラシックギターの巨匠ペペ・ロメロの日本公式サイトです

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インタビュー2017
インタビュー

 2017年9月22日&23日、東京での来日公演を行う巨匠ペペ・ロメロ。3月に73歳をを迎えた円熟の巨匠に、今回のコンサートプログラムにまつわるお話をうかがった。
 いつものように庭で葉巻をくゆらせつつフランクに、楽しい昔話も、音楽の本質を射抜くような話も。
 今回の来日公演は2つのプログラムで、22日は【ハウザー・ギターでドイツ音楽を】が企画主旨。巨匠の数あるハウザー・コレクションからギターを選び出し、1969年製ハウザー2世を使用することになった。なのでハウザー2世とそのギターの思い出話を。
 23日は15年来のメインギター、息子ペペ・ロメロ・Jr.製作の愛器で【巨匠のリビングルームでくつろぐ午後】をテーマにした名曲集。前回企画【トーレスでタレガを弾く】コンサートについて、ソルOp.9について。そしてぺぺ田代作品についてもお話しいただいた。

◆ハウザー2世との想い出

(田代)ハウザー2世との想い出と、そのお気に入りのギターについて聞かせてください。

ハウザー表面

(ロメロ)ハウザー2世と初めて、個人的に親しく会ったのは1970年1月、ミュンヘンでのコンサートが終わり、彼の家を訪ねた時だよ。ひどく雪の降る日でね。私の長年親しくしていた友人と共に、ライスバッハのハウザー宅を訪れたんだ。ハウザー2世はとても素晴らしい人でね。
 ハウザー2世はちょうど3本の新作ギターを仕上げたところでね、3本全く同じモデルだったんだ。
 その内1本はアンドレス・セゴビアへ渡るもので、残りの2本も買い手が決まっていてね。
 そしてその3本を弾かせてもらったんだけど、そのうちの1本が非常に素晴らしい出来で、とたんに恋に落ちてしまったのさ!
 だから彼にこう言ったのさ。「このギターはあなたの父君ハウザー1世のギターも含め、私が見た全てのハウザーギターの中で最高のものです。どうか私に購入させていただけませんか?」とね。
 すると彼は「ミスター・ぺぺ」、その頃彼は私をミスター・ぺぺと呼んだんだ。
 「ミスター・ぺぺ、大変申し訳ないのですがお譲りすることはできないんです。すでにオーナーが決まっているギター達ですから。ですがどうぞ心ゆくまで弾いてください。私もあなたがこのギター達で演奏するのを聞きたいので、ぜひ私の為にも弾いてください。」
 そして私は彼のために演奏した。そのギターでね。
 夜も更けて彼は手作りビールに手作りソーセージでもてなしてくれた。ずいぶんと楽しく盛り上がって、彼はペットのロバまで部屋の中に連れてきたんだよ!
 そう、私たちは打ち解けて「良き友人同士」になったんだ。
 その晩、ずっと彼に「あのギターを売っておくれよ!」と何回も言ったんだ。「あのギターは最高だよ!絶対に私が欲しいんだから、頼むよ!売っておくれよ!」ってね。
 しかし結局最後まで彼は「売れないんです。ごめんね」とね。
 さて、暇(いとま)の時が来て私たちが帰ろうと、そのギターを彼に返すとね、ハウザーは「ほんのちょっと、待っていていただけませんか?」とそのギターを持って別室へ行った。
 すぐに引き返してきて私にそのギターを手渡しながらこう言ったんだ。
 「ミスター・ぺぺ、このギターを売ることは出来ないのですが・・」と。
 しかしギターの中をのぞき込むと「ペペ・ロメロのため制作した」とラベルが貼ってあった!
 こうしてこのギターは私のものになったんだよ。
 さて、私にこのギターがゆだねられた翌日、ロス・ロメロスでのコンサートが今一度ミュンヘンであり、早速このギターで演奏したんだ。

ハウザーを弾くペペロメロ

 それからこのギターは長い間私のメインギターのひとつになったんだ。1969年製のギターだよ。
 その後、長年の間、世界中で、沢山のコンサートでこのギターを使った。今でも私の大切なお気に入りのギターなんだ。
 その色彩感あふれる豊かな音色は他に類を見ないほどで、見事なバランスと清澄さを保ち、全ての音に美しさが宿る。
 その傑出した巨大な優秀さは、最良のハウザーギターと、最良のスパニッシュギターの中間のような音色で、私を魅了してやまない。
 この1969年製ハウザー2世のギターは、私にとって正に「旧友」なんだよ。

◆姉妹ギターが共演する日々

 さて、この3本のギターには後日談があってね。
 私がギターを得たしばらく後、アンドレス・セゴビアがミュンヘンを訪れ、残った2本のうち1本を手にした。
 そしてこのギターはセゴビアの死後、ハウザー家に返却されてハウザー3世が保管していたんだ。

ハウザーラベル

 ある日、私の兄セリンがヘルマン・ハウザー3世に合った折、ちょうどセリンはギターを必要で捜していてね、ハウザー3世に相談すると、そのセゴビアから返却されたハウザー2世作のギターを委ねられることになった。
 それから20年以上、そのギターと私の1969年製ギター~姉妹だよね~この姉妹たちはステージを共にすることになったんだ。
 ハウザー3世がそのギター~セゴビアが使いセリンの手にあった~を博物館に展示するため、セリンに返却を求めるまで、長年、ライスバッハ生まれの姉妹たちはステージで一緒だったんだよ。

 ハウザー2世との想い出はたくさんあって、どれも素晴らしい、愛おしいものばかりだ。
 彼はとても謙虚で、偉大な芸術家であった。父君ハウザー1世と同じように。
 これは私の意見だけでなく、彼を知る全ての人達の共通する見解だよ。

◆父セレドニオとハウザー

 ハウザー2世は私の父セレドニオに、特別な気持ちを持っていたんだ。その思い出話をしようか。
 1950年か51年だったか、私たちがまだスペインにいた頃の話だ。
 セヴィリアに裕福な境遇のギタリストがいてね。父の友人だったのだけど、ある日彼は父に「君にギターをプレゼントするよ!何か欲しいギターある?」と。素晴らしい申し出だ!(笑)
 すると父は「ヘルマン・ハウザーのギターが欲しい」と。
 そこで早速彼はハウザーと手紙のやり取りを始め、父の為の新作をオーダーしてくれた。
 しかし1952年、ハウザー1世はこの世を去った。

 父とハウザー1世は、制作するギターについて、沢山の手紙をやり取りしていたんだ。なぜなら二人とも切手収集が趣味だったからさ。ドイツとスペインと、お互い、色々な切手を交換したかったんだね。
 そしてハウザー2世も同じく切手収集家だった。だから父はハウザー2世とも手紙のやり取りをしていたんだよ。

 さて、ハウザー1世が亡くなってハウザー2世は父に手紙をよこした。それには、「残念ながら父ハウザー1世は逝去しました。あなたのギターにちょうど手を付けて製作を始めたところでした。もしあなたがお望みなら、私は喜んでこのギターを完成させたいと思っています。しかし父のギターをお望みだったのですから、キャンセルなさっても結構です」と書いてあった。
 父は直ちに返信を出した。「ぜひともあなたに完成させて欲しい。あなたにギターを作ってもらえることを、とても嬉しいと思っていますよ」とね。
 そのギターは1954年に完成した、とても美しいギターだ。

 その後、父はこの美しいハウザーギターを売りに出さねばならなかった。私たち家族がアメリカへ移住するための飛行機代を捻出するためにね。
 そしてロメロ一家はアメリカへ移り住み、演奏活動を始め、父はそのハウザーを買い戻したんだよ。
 その素晴らしい1954年製ハウザーギターは、長男であるセリンが受け継いでいるよ。

 後年、ハウザー2世は父にこう打ち明けた。  「私はあなたに特別な感情を持っているのです。父ハウザー1世が亡くなった後、未製作のまま多くの注文が残っていましたから、私は全ての注文主へあなたに差し上げたのと同じ様な手紙を出したんです。私の製作でもよろしいですか?それともキャンセルなさいますか?」と。
 その中で、あなただけが「喜んでお願いする」とおっしゃってくださいました。ほかの皆さんは全てキャンセルだったのです。とね。
 こんな風に、常にハウザー家と私たちロメロ一家の関係は素晴らしいものだったよ。

コンサートに使用するハウザーを選ぶ

◆失われたハウザーギター

 そうそう、その他に1958年製ハウザーについて、面白い話がある。弟のアンヘルがツアー中にそのギターを盗まれてしまった話だ。
 1970年の冬、ツアー中のアンヘルは大雪のニューヨークにいた。
 家族と~赤ん坊だった息子のリト(アンへリート)や、友人のギタリスト~モレルと4人でね。
 降りしきる雪の中、車に乗るのも大変だったようで、アンヘルは「モレル、ギターを車に積み込んでくれる?」と頼んで、アンヘル自身は赤ん坊のリトを車に乗せるのに手一杯だったんだね。
 そしてギターは雪の路上に置き忘れられたままだった。モレルには聞こえなかったんだね、アンヘルがギターを積み込んでくれと言ったのが。
 当然だが翌日、置き忘れた場所に、ギターは残っていなかった!当然だよね!(笑)

◆バッハは究極のロマンチスト

(田代)バッハの音楽について話してください

(ロメロ)バッハの音楽は私たちの鼓動に最も近く、そして神の声にも最も近い、そんな音楽だよ。
 バッハは我々を様々な異なる次元へ誘ってくれる。沢山のドアを開けてくれる。あなたが神を信じていようがいまいが、哲学的にどういった思考を持っていようが、必ず。
 沢山の異なる宇宙、沢山の次元。私は、バッハは究極のロマンチストじゃないかと思っているよ。
 その驚くほど見事なバロック的構造、緻密な数学的構築感、誰の思考容積も満たしてしまうほどの濃密さ。
 そして、その上に溢れるロマンチックなフィーリングは聴くものの心へ、精神へ、直接訴えかける。まさに壮大な、荘厳な愛に満ち溢れている偉大な音楽だ。

(田代)以前、バッハをレッスンいただいた時に教わったことを印象深く覚えています。その時あなたは、「バッハの音楽は中心に明確な一点をもつ巨大な螺旋だ。すべての螺旋はその一点に向かい集められる。そしてその一点こそが【神の場所】だ」と。
 私はこの教えに、バッハの本質を教わったと信じています。様々な転調を経由し、終結すべき音を目指して流転する、まさに人生を西洋音楽的手法で表現しつくしたような、その音楽の。

(ロメロ)そうだね。私は今でもその考え方に完全に合意する。君にバッハを教えたのは随分前のことだと思うけど、年月が過ぎても、私もその理解は変わっていないよ。

◆チェロ組曲は「希望」が満ち溢れている

(田代)チェロ組曲についてどう思っていますか?

(ロメロ)私の人生において常にチェロ組曲はお気に入りの音楽だよ。
 親愛な友人~ハンガリー出身のチェリスト~ガボール・レイト(Gabor Rejt)、彼がよくチェロ組曲を弾いてくれたものだ。しかし何といっても、私の耳に残るのは父がギターで弾いていたチェロ組曲だよ。
 ギターへ編曲されたチェロ組曲は、私を強く魅了する。曲が持つ壮大さも美しく表現できる。そのギター版を聞いていると、私は「希望」を感じる。音楽の中に「希望」が満ち溢れているのをね。
 人がこの世を去る、そのときに「大丈夫。ここには希望がある。愛がある。世界との調和がある」と伝えられているような。
 バッハの音楽は最後の苦痛の時を消し去る祈りであり、神をたたえるものだと思う。
 とりわけチェロ組曲はその性格に溢れ苦痛をいやすには最適だと思っている。
 ギター版のチェロ組曲はとても素晴らしいよ!
 私の最大の希望はね、世界の平和、愛に溢れた人々の交情、国境を超えた融和、世代を超えた調和、個々人の権利が尊重され、異なるあらゆる文化が敬意をもって受け入れられる、そんな世界だ。
 バッハの音楽は私をそういった思いへ誘ってもくれる。

◆ドイツロマン派レパートリーはタレガからの贈り物

(田代)ドイツロマン派について話してください

(ロメロ)ドイツロマン派は、父の大のお気に入りだった。しかしそれは父だけじゃないんだよ。
 タレガの弟子の一人、ドン・ロへリオは父の友人で、ほぼ毎週末、我が家に遊びに来ては、よくタレガの話をしていた。
 彼の話によると、タレガは午後の時間を頻繁に、ドイツロマン派の音楽を勉強したり編曲したりする時間に充てていたようだ。タレガ自身、ドイツロマン派の音楽を深く敬愛していたようだね。
 そしてその敬愛は、感嘆や賞賛と共にその弟子たちに手渡された。タレガから受け継がれたエレメンツのひとつなんだ。父もそのうちの一人だったのさ。

◆シューベルトとギター

 知っての通りドイツロマン派はピアノを重点的に取り扱う一派と言ってもいい。
 しかし曲目を注意深く選び、適正にギターへ編曲すれば、独特の魅力を持つ美しいレパートリーになるんだ。
 そのサウンドは非常に美しい。
 例えば、フランツ・シューベルト、彼自身がギタリストでもあった。
 彼は多くの歌曲を作曲し出版したけれど、最初に出版されたのはギター伴奏版だったんだよ。ピアノ伴奏版が出版されたのは後のことなのさ。
 シューベルト曲のギター編曲版、それは荘厳な雰囲気と壮麗な美しさに溢れる。
 父セレドニオはね、ドイツロマン派の音楽を弾かない日は無かったほどだよ。

◆「トーレスでタレガを弾く」コンサート

(田代)前回2014年、東京で私達が行った「トーレスでタレガを弾く」コンサートについて少し話をしましょう。企画した私としては「スペインへの、ギター文化への感謝を表す方法のひとつ」としてあのコンサートを考えました。
 トーレス・ギターによってもたらされた改革によりタレガがインスパイアされ、あの重要な作品群を作曲した。そしてその音楽を、トーレス・ギターであなたが弾く、という企画を。長年私の夢でもありましたし。
 あのコンサートについて、今思い返し、どう思われますか?

トーレスコンサート

(ロメロ)大変に意義深い、素晴らしい企画であったことは疑問の余地もないし、私がその役割を果たすことができて、大変光栄に思っているよ。
 正にトレースがもたらした変化はタレガ達の世代を大いにインスパイアし、それがクラシックギターの重要なレパートリーになり、強いて言えば、クラシックギター文化の骨格そのものになったといっても過言ではない。
 録音された音源をCDにするんだよね?

(田代)はい。編集も終わり、マスタリングとアートワークに掛かります。9月のコンサートで先行販売する予定です。

PTTT-1405_CDジャケット

(ロメロ)それは素晴らしい!(笑)ギターについてのインタビューなんだから、少しトーレスの話をしよう。
 私が弾いたトーレスは1856年製の、スプルース表面板・メイプル側裏板のギターで、甘く素晴らしいサウンドを持っている。
 そのギターはタレガが生涯にわたり愛した楽器とよく似ている。彼が長きにわたり最も愛奏したのは、私のトーレスと同じく、スプルース/メイプルのギターだったからね。
 後年、タレガはローズウッドのギターも手にしたが、結局はメイプルのそのギターを愛奏したんだ。
 私は、ローズウッド、シープレス、メイプルと3本のトーレスを持っているけれど、タレガ同様、メイプルが一番気に入っているよ。

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 あのトーレスをね、音響の良い、素晴らしいコンサートホールで、この上なく素晴らしいタレガの音楽を表現することは、私にとって感動的な経験であったことは間違いない。
 本当に実現できて素晴らしかったと思っているよ。

◆聴衆は「ああ、これだ。この美しさは私の奥深くにも内在しているものだ!」と共鳴する

(田代) 今回のプログラムにあなたのご提案で、私の作曲作品を2曲入れることになりました。大変光栄であると喜んでいます。それについて話を伺えますか?

(ロメロ)私はこの2曲を初めて聴いた時、君が弾いてくれた時だが、とても感動したんだ。その時は君の作品とは知らなかった。その時、こう感じたんだ。
 「大変感銘深く、心からの、誠のフィーリングがこちらの心に直接響いてくる、本物の音楽だ」とね。
 作品は大変美しく、極めて優れた技術によって作り上げられている。そして、見事にギターの為の音楽として機能的に配慮されている。
 しかしそういった技術的な部分より、作品に込められている「心」が、直接私の心を揺さぶり感動させたんだ。
 作曲家が作品の着想を得るとき、それは非常に強い「感動」を得るからだ。
 そしてその「感動」は、きわめて個人的な、内面的に深いフィーリングを作品に投影させることになる。
 その作者の原体験である「感動」こそが、それが直接伝わってくる音楽こそが、コンサートホールで聴衆を感動させる作品になり得る。
 そして作曲家は持てる手腕、知識、学識、技術、持てる全てを尽くして、その原体験である「感動」を作品に仕立てようとする。書き上げる。
 その仕事が上手く為された時、本物の素晴らしい曲が誕生する。
 単純な話だけど、それこそが本当に良い作品が聴衆に届けられるただひとつの方法なんだ。
 そうすると聴衆は「ああ、これだ。この美しさは私の奥深くにも内在しているものだ!」と共鳴する。そして人々は感動する。私はそれを良く知っている。
 この2曲にはそれがある。後で君の作品と知って、嬉しかったよ。素晴らしい音楽だ。

◆魔笛は魔法の曲

(田代)ソルの【「魔笛」の主題による変奏曲Op.9】について想い出は?

(ロメロ)うん、やはり父の想い出だね。
 子供の頃、父が弾くこの曲をよく聞いていたわけだけど、感じていたのは「守られている」感覚だったんだ。「自分は守られている」と。
 その頃私たちが暮らしていたスペインはフランコ独裁時代で、なんともぞっとするような酷い国だった。
 私たちは日常的に、恐ろしい、ひどく嫌な話を聞いていたし、人々が警察に痛めつけられ、傷つけられるのも目にしていた。
 人々が姿を消してしまったり、あるいは処刑されてしまった、とか。
 私の少年時代は、身の回りにそんな恐怖や不安に取り巻かれた状況だったんだ。
 でも私は子供心に、そんな類の恐怖を感じることはなかった。いつも両親に守られていると感じていたからなんだ。そんな類の恐怖が私を脅すことなんて感じなかった。
 パパがソルのOp.9を弾けば、そんな悪いことなんかどこかに吹っ飛んでしまうように思ったものだよ。
 それは「音楽の持つ魔法」なんだよ。
 そう、「魔笛」の主題による変奏曲は、魔法の曲なのさ。
 だから私はこの曲を弾くと、途方もないくらいの喜びを感じるんだ。
 この曲は私が「欲するような」、「愛するような」幸福感を与えてくれる、本当の魔法の曲さ!

ハウザーとぺぺロメロ